「はらから」は、任意団体はらから会と、社会福祉法人はらから福祉会の総称として呼ばれている言葉です。
障がいを有する者も、そうでない者も、同じ「はらから(同胞)」であるという意味がこめられています。
私たちは障がい者の働く場を作ることで、住みよい地域社会の策定を目的としています。
「あなたは働かなくていいよ」と、誰が言えるのでしょうか。 普通の暮らしには、働くことは欠かせません。 生計を維持し、社会的な役割を担い、自己現実を図るため。働く形も様々です。
あなたは月額1万2千円で生活できますか? 残念ながら、この金額が日本の障がい者支援施設で働く障がい者の平均的な労働報酬額なのです。 私たちは月額7万円の工賃の実現を目標にして、障がい者年金と合わせて 月額15万円前後での暮らしを叶えたいと努力しています。
はらから会は「障がい者が地域の中で生き生きと暮らすために」をスローガンに、障がいのある人、障がい児(者)を育ててきた教員、親、それらをとりまく人々の願いを実現するために作られました。
まず自立するための第一歩は「働く場」を作ることだと考え、無認可の作業所作りをしました。1983年に柴田町船岡にはらから共同作業所を開所、翌年84年にはらから会を運営団体として発足、会員13名でした。障がい者6名と養護学校の教員が中心となり陶器づくりを始めました。
はらからという名称は 同胞 すなわち同じ胎から生まれたもの~障がいがある人もない人も同じ人間として、人間らしく生きていく権利をもっている~という、後にはらからの理念とされる考えに由来するものです。
その後1996年に社会福祉法人「はらから福祉会」を設立認可施設として蔵王すずしろが誕生しました。それから毎年のように授産施設の建設が始まり、現在では10ヶ所の施設を運営、8ヵ所のグループホームを運営するまでになりました。(その歩みの詳細については「はらからの歩み」をご覧ください)
よく「はらから福祉会」と「はらから会」は同じだと思われていますが、厳密には二つの組織です。福祉会は施設やグループホームの運営に直接あたり、はらから会はいわば後援会的な存在です。
はらから会員は以上のようなはらからの理念と主旨に賛同した賛助会員と福祉会の各施設で働く利用者やその家族や職員で構成されています。 ぜひ多くの方に会員になっていただき私たちの活動を盛り上げていっていただくようお願いいたします。
はらから会は、障がい者が一人の人間として、生きがいを持って生きていくことが出来るような地域社会作りを行いながら、障がい者とその家族の権利を守り、生活の向上に努めることを目的に活動している団体です。
また、増え続ける障がい者の要望に応えるべく設立された、社会福祉法人はらから福祉会を支援し、現在も人材、物資、財政面からバックアップしています。
はらから会は、この会の趣旨に賛同する方でしたら、どなたでもご入会いただけます。現在、宮城県内を中心に1,000名近い会員の方々がおります。
はらから会では乾麺、りんごなどの販売益及びはらから会会員の皆様からの会費を基に、施設の運営を行っている社会福祉法人はらから福祉会に対し、物心両面での支援を行っています。
私たちの最大の財産は、いつもはらからを支えてくださっている多くの人々の輪です。それらの方々ひとりひとりの力の結集により、はらからはここまで来ることが出来ました。
これからもどんなに障がいが重くとも、生き生きと暮らすことが出来る地域社会をつくるために、全力を挙げるつもりです。そのために、より多くの方々のご協力を頂けるよう広く呼びかけております。ぜひ、賛助会員となり応援してくださいますよう、よろしくお願い申し上げます
ご入会いただけますと・・・
昭和54年4月、宮城県高等学校教職員組合の船岡養護学校分会が発足させた「柴田町障害児者の問題を話し合う会」が現在の「はらから福祉会」の前身になりました。
〒989-1601 柴田町船岡中央1-2-23
TEL.0224-58-3446/FAX.0224-54-4112
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東北本線船岡駅の目の前。1階建ての地域生活支援センター内部には法人本部の各部署、はらから会事務局があります。古着販売コーナーともども、お客様をお待ちしております。 皆さまのお越しをお待ちしております。