はじめに
この世に生を 受けた限り同じ人間
働くことを 生活の柱に
作業内容は自分たち の努力が表れる
作業所の役割は 付加価値の高い仕事を
仕事の評価は 生産性では評価しない
仕事ができないで いる人こそ
入所希望者は 原則全員受け入れる
親の会はつくらない
最後に
はらから福祉会理事長 武田 元
昭和五十四年四月、宮城県高等学校教職員組合の船岡養護学校分会は、障害者とその家族、教職員や地域の人々に呼びかけて「柴田町障害児者の問題を話し合う会」(略称・話し合う会)を発足させました。
この話し合う会が現在の「はらから福祉会」の前身になりました。従って、はらからの考え方は「話し合う会」から、現在に至る活動の中から生み出されたものです。