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話し合う会の活動の一環として、昭和五十六年から翌年にかけ、私たちは宮城県柴田町内に住む重度の障害者を訪ねました。そこで見たのは、四十歳から五十歳代の重度の障害者が、社会に気兼ねし、さらには自分の家族にすら遠慮しながらひっそりと暮らす姿でした。
ある人は部屋から双眼鏡で通りを眺めて気を紛らし、ある人は朝起きたらまず家族の顔色を伺い、その様子を見て自分の一日の行動を決めるといったように。私たちが、特に気になったのは、「じろじろ見る人の目が気になる」とか「もうこれ以上迷惑はかけられない」ということから、すっかり自分の人生をあきらめていることでした。
ある身体障害の方は、「遊びに行きたいなんて思わない。花や太陽を見たい。もし身体が良くなることがあれば、町の中を走り回ってみたい。何のために生まれてきたのか分からない」と語ってくれました。
私たちは、ものすごいショックを受けました。これが、たった一度きりない人生でしょうか。これが、何物にも代えがたいかけがえのない人生でしょうか。
私たちは、当時、居住型施設に入所している障害者の生活の様子にも疑問を感じていました。一部屋四人から八人の生活、何歳になっても集団での生活、自分一人の空間は皆無に等しいのです。何時も誰かと一緒の生活は、プライバシ−なんて別世界の出来事です、障害者は人を好きになるな、結婚なんてとんでもない、そう言われているような生活に見えたからです。
私たちは、一般的に当たり前の生活と思われていること、学校へ通い、地域で暮らし、働き、人を好きになり、結婚する等は、重度の障害者にとっても、当たり前のこととして実現できる世の中であってほしいと考えています。この世に生を受けた限り、同じ人間なのですから。
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